今日、頭を通り過ぎていったこと…

もうしょうがないので、ジャンルを限定せずに…

妊娠中にタバコを吸っていると、子どもがおかしくなるのか?;因果関係の冤罪

JAMA Psychiatry. 2017;74(6):589-596. doi:10.1001/jamapsychiatry.2017.0456

 

Association Between Maternal Smoking During Pregnancy and Severe Mental Illness in Offspring

 

  妊娠中にタバコを吸い続けている母親から生まれた子は、妊娠中にタバコを吸わなかった母親から生まれた子に比べて、出生時の体重が低い(LBW)だけでなく、大きくなってからいくつもの精神科的・行動的問題を起こしやすいことが、これまでの疫学的研究で何度も繰り返し示されていました。 妊娠中にもかかわらずヘビースモーカーだった母親から生まれた子は、子どもの頃に注意欠陥多動性障害ADHDになりやすく、知能も低くなりやすく、勉強の成績も悪くなりがちで、さらに大きくなってから統合失調症躁鬱病などの重い精神障害になるリスクが高く、犯罪者になりやすい…というなんだか散々な結果が出ていたのです。

 

  問題はこの因果関係です。

 

  この手の疫学的研究では、よく「無実の、その場にいただけの人 innocent bystander」という表現があります。

  群衆の中で人が拳銃で撃ち殺された! という事件があったとします。 たまたま、その場に居合わせて、たまたま拳銃を持っていただけの人に対して「お前が犯人だろう!」とは言えないのです。 その人の拳銃から煙が出ていれば、かなりの確率でその人が犯人だとは言えるでしょう。 ただ、その場に居合わせた、というだけでは冤罪の可能性があるのです。

  同様に、満員電車の中で痴漢があったとします。 たまたま痴漢被害にあった若い女性のとなりにいたおっさんが、たまたまその場に居合わせたというだけで「お前が犯人だ!」とは言えないのです。 痴漢をされた女性の下着に彼の指紋でもついていれば別です。 電車内防犯カメラにことの一部始終が撮影されていれば別です。 ただその場に居合わせたというだけでは、冤罪の可能性があるのです。

 

  それと同様なことが、この医学的な因果関係においても言えます。

 

  妊娠中にタバコを吸い続けていた母親から生まれた子は精神的な問題が多い、ということから、喫煙が原因なのだろう、きっとタバコに含まれるニコチンや一酸化炭素が胎児の脳に悪影響を及ぼして一生続く障害を残してしまったのだろう…と考えるのは、早計です。 よく論理的・科学的な思考に慣れていない、素人がおちいりやすい間違いです。  タバコは「無実の、その場にいただけの人」であり、タバコのせいにするのは冤罪かもしれないからです。

 

   タバコが原因でないとすると、では何が原因なのか? 

 

  上記にあげられている精神的な問題は、すべて強い遺伝性のある問題です。 知能も、注意欠陥多動性障害も、統合失調症躁鬱病も、性格の問題や犯罪者になりやすい傾向も、すべて強い遺伝性があることがわかっています。

 

  ということは、例えば、統合失調症について考えてみると、その親にしっかりと発病した「病気」として診断されているかどうかは別にして、その因子を持っているとします。 当然、その影響で、意志の力が弱く、タバコに依存しやすく、しかも妊娠中でさえやめられない女性もいることでしょう。 すると、その子どもは、別にタバコが原因ではなく、母親に(場合によっては類別交配 assortative matingの傾向から父親も)統合失調症の気があったことから、大きくなってから統合失調症を発病してしまうリスクが上がってしまう、ということは十分にありうる話です。

 

  では、本当のところはどうなのか? この問題を、特に統合失調症躁鬱病について調べてみたのが、上記の研究論文でした。

 

  (実は、それよりもずっと以前に、すでに注意欠陥多動性障害や知能の問題、犯罪性、などについては、タバコが直接の原因なのではなく、遺伝子的な要因やその他の家族の要因なのだろう、という結論が出ていました。)

 

  結果は、予測された通りでした。 タバコが原因などではなかったのです。 その証拠に、たまたま同じ母親がタバコをやめることができていた期間に妊娠し出生した「きょうだい」も、ほとんど同じ確率で統合失調症躁鬱病になってしまうことが示されているのです。 つまり、タバコによる毒性が原因なのではなく、その家族に生まれたこと、おそらくは遺伝子的な要因だ、ということです。

 

  …とはいえ、妊娠中のタバコは、明らかに胎盤を悪くしますし、出生児の低体重(LBW)には確実に関わってくるので、まあ、やめたほうが良いのは確かです。

 

  類似の問題があります。 応用問題です。 妊娠中に抗うつ薬を飲み続けている母親から生まれた子は、大きくなってから発達障害自閉症スペクトラム障害)になる確率が少しだけ高いことが疫学的には知られています。 さあ、この因果関係はどうなっているでしょうか? 抗うつ薬の副作用で、抗うつ薬の中枢神経系への催奇性が原因で、子どもが発達障害自閉症スペクトラム障害)になってしまうのでしょうか???