今日、頭を通り過ぎていったこと…

もうしょうがないので、ジャンルを限定せずに…

統合失調症の脳の中のミクロの世界

https://doi.org/10.1176/appi.ajp.2017.16070814

 

Selective Loss of Smaller Spines in Schizophrenia

 

昔々は、統合失調症 schizophrenia(余談ですが、この英語名 schizophreniaのschizo-は「分裂」と訳すのが医学の世界では一般的であり、phrenは「心」ですから、この英語をちゃんと日本語に訳すと「精神分裂症」と訳すのがどう考えても妥当です。もう随分前に、しかし、当時の和訳「精神分裂病」に嫌な印象がつきすぎたので、日本精神神経学会が現在のへんてこな和訳に切り替えたのでした。いかにも日本人らしい表面的なやり方です…。)は、原因もよくわからず、脳の中にどういう変化が起こっているのかもよくわかっていませんでした。

 

そのせいか、統合失調症などという病気は存在せず、ただ思想の違いなだけなのだ、などというわけのわからない屁理屈をのべる社会学者もいたほどでした。

 

まったく、社会学者というやつらは、どうしてこうもさしたる根拠も科学的考察もなく、思いつきのような見解を平気で述べてしまうのだろう、と思いもするのですが、そのような勝手なことを言われてしまってもしょうがないくらい、当時は統合失調症の組織レベル、細胞レベルでの「病理学」がはっきりしなかったのです。

 

それが、今ではすっかり変わっています。統合失調症は脳の神経細胞ニューロン)の樹状突起が減ってしまう明確な細胞レベルの「病理学」がはっきりしてきたわけです。 これが理由で、統合失調症の人たちは脳の萎縮が起こっていたのであり、脳の機能の障害が起こっていたのです。

 

上記の論文は、そこからさらにすすめて、この樹状突起の減少が「新しい樹状突起が増えてかないため」であり、(昔に仮説として言われていたように)思春期の樹状突起シナプスの「刈り込み」のし過ぎで「古い樹状突起が減りすぎてしまったため」ではないんだろうことを示唆しています。

 

まあ、なんにせよ、この分野も極めてゆっくりではあるわけですが、学問上の進歩をつづけているわけです。

ナルキッソスとエコー

今日は久しぶりにのんびりとした時間があったので、もう随分前に(へたをすると10年とか20年とか以前に)読んでいたKohutの"The Analysis of the Self"を読み直してみました。

 

自己愛性パーソナリティ障害(とはいえ、これは現在の米国精神医学会の公式診断分類であるDSMが描写する「俺様型」自己愛者ではなく、古い精神分析的な意味による自己愛者ということです)についてのモノグラフです。

 

久しぶりに読み直してみると、昔気づかなかった、良いこと書いています。 自己愛者にとって、「対象 object」がいかに本当の意味での対象とはなりえておらず、自己の延長である自己対象 self-objectにしか過ぎないかということ。  これがいかに自体愛的な精神的な引きこもりにつながってくるかということ。いかに治療プロセスの中で治療者との関わりが(その機能が)取り入れ同一化されていくかということ。 (もっとも、Kohutは基本的に取り入れ同一化 introspective identificationという言葉を使いませんが…。)

 

治療の中で治療者はもはや一人の人間ではなく、自己対象になること。  特に鏡転移 mirror transferenceの中で、治療者は患者にとって一人の人間としてはみることができず、ただただ患者の姿を映し出す鏡(湖面)であり、こだま(エコー)でしかないこと。

 

そうやってみると、この「ナルキッソスとエコー」の絵は、なかなかに面白いです。

f:id:Lemontarou:20170625165515j:image

 

「実名公表、ボケる薬」とは?!

患者が「ついでに相談」的に持ってきた週刊誌。 そこには「実名公表」と書いてあって、服用を続けていると認知症になる薬! としていろいろな薬の名前が挙がっていました。

 

見てみると、昔から「都市伝説」として飲み続けるとボケると言われていたベンゾジアゼピン系の抗不安薬睡眠導入剤の中で、なぜだか「ハルシオン」と「デパス」だけが出ていたりして。(なぜ、こんな不思議な都市伝説が昔からあるのかというと、たぶん、もともと年齢的に認知機能が低下している老人にこの手の薬を使うとせん妄を起こしやすいので、それを見た素人が「ボケが早まった!」と錯覚するのだろうと思うのですが、…なぜ「ハルシオン」と「デパス」だけ「実名公表」されているのかは不明です。)

 

それどころか、ボケを微妙に予防することで知られているスタチン系の高コレステロール血症治療薬や少量のアスピリンまで挙げられているじゃないですか…

 

あっけにとられます。 いったい誰がこんな無茶苦茶な記事を書くのか…。

 

とはいえ、昔から週刊誌やスポーツ新聞は「宇宙昆虫が出た!」とか無茶なことばかり書いてきたし、誰も本気で信用しようとはしないので無害だからいいや、と思ったりもするのですが、たまーに、信じてしまう人がいるので困ったものです。

考え方を変えても気持ちは変わらないが、行動を変えれば気持ちも変わる

JAMA Psychiatry. 2017;74(6):571-578. doi:10.1001/jamapsychiatry.2017.0429

 

Brief Behavioral Therapy for Pediatric Anxiety and Depression in Primary Care
A Randomized Clinical Trial

 

  上記の研究論文は、子ども(小学生〜高校生くらいまで)の「うつ」や「不安」に対して、ごくごく簡単(普通の小児科で実施可能)で短期間の行動療法(合計8セッション、最大3ヶ月)によって、まずまずの効果を得られることを示しています。

 

  注目すべきは、この短期間の行動療法には、普通の認知行動療法CBTにおける「認知療法コンポーネント」が思い切って省かれていることです。

 

  これまでの認知行動療法は、認知療法コンポーネント、つまり過剰にネガティブな考え方を意識的に修正することと、行動療法コンポーネント、つまり不安や気が乗らなくて避けていた、しかし本当は心の健康のために大切なことを、しっかりと避けずにやっていくこと、の両面から成り立っていました。

  ところが、認知行動療法の有効性をあれこれ検証していくと、どうやら「認知」は「行動」ほどには重要ではない、むしろ「認知」コンポーネントを潔く省いてしまった「ただの行動療法」でも同程度に効果が上がることが、なんどもなんども示されてはいたのです。

 

  だったら、「認知療法コンポーネント」なんていらないじゃないか! となりますが、まったくその通りだと私も思うのです。

 

  だのに、なぜか、日本では認知行動療法というと、妙に「認知」コンポーネントの方ばかり強調されていて、下手をすると「考え方を変えれば、気持ちも変わる」なんて間違った理解をしている人さえたくさんいる印象です。 そんなわけないのです。 人の気持ちは、考え方次第に変わるほど簡単なものじゃないのです。 ただ、(大変なことではあっても)行動を変えれば、自然と気持ちも変わってくることは知られていますし、これはどうやら事実なのです。 これが、認知行動療法においては「行動」の方に力点を置くことの方が正しい、と言われるゆえんです。

 

  そんなことを、子どもの「うつ」や「不安」の治療を対象に確認してみたのが、今回のこの研究でした。

注意欠陥の人は薬を飲んでから車を運転すべき…だが…

JAMA Psychiatry. 2017;74(6):597-603. doi:10.1001/jamapsychiatry.2017.0659

 

Association Between Medication Use for Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder and Risk of Motor Vehicle Crashes

 

  自動車を運転していて、事故を起こしやすい人と起こしにくい人がいます。 統計的にわかっているのは、若い人は事故を起こしやすいこと、知能が低い人は事故を起こしやすいこと、そして注意欠陥多動性障害ADHDの人も事故を起こしやすいこと…です。

 

  このうち、注意欠陥多動性障害の人たちは事故を起こしやすいとはいえ、その注意欠陥症状を改善する薬(神経刺激剤等)を使えば、そのリスクを下げることができることは、以前からよく知られていました。 それを、もっとより大規模な調査で示してみせたのが、上記の研究論文でした。 なんと、約2割もの事故は、ちゃんと薬を飲むことで防げたはずだ、という計算さえできるのです。

 

  とはいえ…。

 

  驚いたことにというか、ダメなことに、日本の厚労省の怠慢のせいでしょうが、注意欠陥多動性障害の治療薬であり、神経刺激剤メチルフェニデート徐放剤の「コンサータ」の添付文書を見てみると、なんと『この薬は眠気を起こすことがあるので、服用中は車の運転等には従事させないこと』などという注意書きが載ってしまっています。 これでは、薬を飲まなければ車を運転して良いけど、薬を飲んだらダメということになってしまいます。 それに、このメチルフェニデートは神経刺激剤、つまりは覚せい剤なので、目が冴えることはあっても眠くなることなどあろうはずもないだろうに、この画一的な注意書きです。 この薬の添付文書に限りませんが、まるであてにならないのです。

f:id:Lemontarou:20170617111740j:image

  この矛盾。 この馬鹿げた制度。 これはもう、厚労省のお偉いお役人の方々に頑張って改善してもらうしかないでしょう。 そうしないと、いつまでたっても医療従事者たちから「厚労省はひとりで日本の医療をダメにしている」という陰口が止まりません…。

妊娠中にタバコを吸っていると、子どもがおかしくなるのか?;因果関係の冤罪

JAMA Psychiatry. 2017;74(6):589-596. doi:10.1001/jamapsychiatry.2017.0456

 

Association Between Maternal Smoking During Pregnancy and Severe Mental Illness in Offspring

 

  妊娠中にタバコを吸い続けている母親から生まれた子は、妊娠中にタバコを吸わなかった母親から生まれた子に比べて、出生時の体重が低い(LBW)だけでなく、大きくなってからいくつもの精神科的・行動的問題を起こしやすいことが、これまでの疫学的研究で何度も繰り返し示されていました。 妊娠中にもかかわらずヘビースモーカーだった母親から生まれた子は、子どもの頃に注意欠陥多動性障害ADHDになりやすく、知能も低くなりやすく、勉強の成績も悪くなりがちで、さらに大きくなってから統合失調症躁鬱病などの重い精神障害になるリスクが高く、犯罪者になりやすい…というなんだか散々な結果が出ていたのです。

 

  問題はこの因果関係です。

 

  この手の疫学的研究では、よく「無実の、その場にいただけの人 innocent bystander」という表現があります。

  群衆の中で人が拳銃で撃ち殺された! という事件があったとします。 たまたま、その場に居合わせて、たまたま拳銃を持っていただけの人に対して「お前が犯人だろう!」とは言えないのです。 その人の拳銃から煙が出ていれば、かなりの確率でその人が犯人だとは言えるでしょう。 ただ、その場に居合わせた、というだけでは冤罪の可能性があるのです。

  同様に、満員電車の中で痴漢があったとします。 たまたま痴漢被害にあった若い女性のとなりにいたおっさんが、たまたまその場に居合わせたというだけで「お前が犯人だ!」とは言えないのです。 痴漢をされた女性の下着に彼の指紋でもついていれば別です。 電車内防犯カメラにことの一部始終が撮影されていれば別です。 ただその場に居合わせたというだけでは、冤罪の可能性があるのです。

 

  それと同様なことが、この医学的な因果関係においても言えます。

 

  妊娠中にタバコを吸い続けていた母親から生まれた子は精神的な問題が多い、ということから、喫煙が原因なのだろう、きっとタバコに含まれるニコチンや一酸化炭素が胎児の脳に悪影響を及ぼして一生続く障害を残してしまったのだろう…と考えるのは、早計です。 よく論理的・科学的な思考に慣れていない、素人がおちいりやすい間違いです。  タバコは「無実の、その場にいただけの人」であり、タバコのせいにするのは冤罪かもしれないからです。

 

   タバコが原因でないとすると、では何が原因なのか? 

 

  上記にあげられている精神的な問題は、すべて強い遺伝性のある問題です。 知能も、注意欠陥多動性障害も、統合失調症躁鬱病も、性格の問題や犯罪者になりやすい傾向も、すべて強い遺伝性があることがわかっています。

 

  ということは、例えば、統合失調症について考えてみると、その親にしっかりと発病した「病気」として診断されているかどうかは別にして、その因子を持っているとします。 当然、その影響で、意志の力が弱く、タバコに依存しやすく、しかも妊娠中でさえやめられない女性もいることでしょう。 すると、その子どもは、別にタバコが原因ではなく、母親に(場合によっては類別交配 assortative matingの傾向から父親も)統合失調症の気があったことから、大きくなってから統合失調症を発病してしまうリスクが上がってしまう、ということは十分にありうる話です。

 

  では、本当のところはどうなのか? この問題を、特に統合失調症躁鬱病について調べてみたのが、上記の研究論文でした。

 

  (実は、それよりもずっと以前に、すでに注意欠陥多動性障害や知能の問題、犯罪性、などについては、タバコが直接の原因なのではなく、遺伝子的な要因やその他の家族の要因なのだろう、という結論が出ていました。)

 

  結果は、予測された通りでした。 タバコが原因などではなかったのです。 その証拠に、たまたま同じ母親がタバコをやめることができていた期間に妊娠し出生した「きょうだい」も、ほとんど同じ確率で統合失調症躁鬱病になってしまうことが示されているのです。 つまり、タバコによる毒性が原因なのではなく、その家族に生まれたこと、おそらくは遺伝子的な要因だ、ということです。

 

  …とはいえ、妊娠中のタバコは、明らかに胎盤を悪くしますし、出生児の低体重(LBW)には確実に関わってくるので、まあ、やめたほうが良いのは確かです。

 

  類似の問題があります。 応用問題です。 妊娠中に抗うつ薬を飲み続けている母親から生まれた子は、大きくなってから発達障害自閉症スペクトラム障害)になる確率が少しだけ高いことが疫学的には知られています。 さあ、この因果関係はどうなっているでしょうか? 抗うつ薬の副作用で、抗うつ薬の中枢神経系への催奇性が原因で、子どもが発達障害自閉症スペクトラム障害)になってしまうのでしょうか???

 

 

 

 

妊娠中の炭酸リチウムは確かに催奇性があるけど、ラモトリギンは大丈夫

Lithium Use in Pregnancy and the Risk of Cardiac Malformations

N Engl J Med 2017; 376:2245-2254June 8, 2017DOI: 10.1056/NEJMoa1612222

 

この事実自体は何の目新しさもない、以前からよく知られていたことです。 ですが、大事なことなので、こうやってなんども精度の良い追試をやって本当にそうなのかを確認していくのは、とても大切でしょう。

 

私たちが日本という国の中で薬を扱っていると、副作用や催奇性のリスクなどについて、オフィシャルな薬剤情報はほとんどまったくアテになりません。 製薬会社が申し訳に出している「添付文書」も、その他の厚労省のオフィシャルな文書も、責任逃れ的ないい加減な内容しかないので、まるで参考にならないのです。

 

とはいえ、目の間に患者がいて、本当に心配している時に、「まあ、お役所はこんなこと言っていますけど、科学的な裏付けは0ですよ」などとは言えないのです。 結果として、医者たちは個人であれこれ海外のちゃんとした研究結果をあさって知識を入れて、それを参考にして患者に助言していくしかないわけです。

 

その意味で、こうした論文は極めて大切です。

 

躁鬱病双極性障害)は、いわゆる慢性疾患です。 糖尿病や高血圧、膠原病などと同様にかなり長期的な治療が必要です。 当然、若い女性の中には治療期間中に妊娠・出産を経験する人も出てきます。 その時に問題になるのが「催奇性」です。 つまり、薬を飲まない時に比べて奇形が生じる可能性が上がるかどうか? そういう種類の薬なのか、そうではないのか? という情報です。

 

昔から言われてきたように、今回のこの研究結果でも、やはり炭酸リチウムにはある程度の(とはいえ、奇形を生じる可能性は数%以内です)催奇性があること。 特に心血管系の奇形を生じるリスクを少し上げてしまうこと。 それに対してラモトリギンには催奇性がないこと。 …が示されていました。 まあまあ、当たり前の結果です。 よく知られた事実です。 ですが、とても大事な情報です。

 

私たちにとって、こういった種類の情報がとても切実に大切になって来るのは、とにもかくにも、厚労省がまともな仕事をしていないから…なんて言っちゃ、官僚たちがかわいそうですが。